「君の苦しみは、君だけのものだろ」
(略)
「私、だけの……」
「他人の苦しみも、他人だけのものだ。それを君が勝手に決めて、比べることができるのかい? 苦しみが軽い者は苦しいと言う権利もないのかい? 違うだろう?」
アマーリエは、仲睦まじい家族として有名なアドラー伯爵家の長女。
愛妻家の父と容姿端麗な母、妹は病弱だったが儚い容姿と穏やかな性格から妖精姫とあだ名されていたし、アマーリエ自身もしっかり者で模範的な娘だという噂だった。
しかしまぁ、噂程にい内情は明るくなかった、というべきか。アマーリエがしっかりしていたこともあって、両親は病弱なオルヴィアにかかり切りでアマーリエに構ってくれたことはほとんどなかった。
そのことにアマーリエが不満を漏らせば、父は彼女に暴力をふるった。母も、父の苛烈さをしっているから、助けてはくれなかった。
だからアマーリエはいつか結婚して家を出ることが目標になっていた。
幸いだったのは、アマーリエとオルヴィアの姉妹仲は良好だったことでしょうか。思う所が全くないと言えば嘘になるけれど、姉を純粋に慕っている気持ちが伝わってくるから、せめて優しくありたいという彼女は、本当に根が善良です。
そんなある日。社交界でオルヴィアが王子に見初められてしまって。彼女が嫁入りするとなると、アドラー伯爵家のためにはアマーリエが婿をとらなくてはならない。
つまり、家を出ることも叶わず縛り付けられることになる。そう察したアマーリエは、「人の感情を喰らう」という特殊能力を持つトラレス公爵家を頼ることにした。
憎しみや嫉妬などの醜い感情を好んで食べるために、悪食公爵という別名すらある家であったが……感情を食べられると、その感情がすっかりなくなる、という情報にしかもうアマーリエはすがることが出来なかった。
そこで出会ったのは、死人のような形相をした当代トラレス公爵サディアスだった。
悪食公爵というのは先代のことであって、彼ではない。彼は悪い感情も食べられるけれど、そういった感情は胃もたれがしたり、体に不調を齎すものだった。
どんどん積み重なっていった結果、ボロボロになっていたみたいですが。サディアスにとって、アマーリエの感情は「美味しい」と感じられるものだった。
そのため、彼の仕事を手伝うという名目でアマーリエとサディアスの交流が始まっていって。2人の関係は穏やかに進んで行って良かったですね。
……自分の手の及ばぬところに行こうとしている娘に対して、父は相変わらず勝手な振る舞いをしていましたが。最終的には、自分の感情によって心に欠落を得ることになったで、まぁ自業自得か。
王子に見初められたオルヴィアも、ただ愛されるだけの少女ではなかったのが良かったですかね。縁談をけって別の道を選んだ彼女の後日談が収録されていたのも嬉しかった。