サークル「ビッグ・ラグーン」よりC96で頒布された『失恋文庫』。
好評につき完売したため、重版&電子化が予定されているそうです。
会場で無事購入し、読了したんですが……タイトルに在る通り「失恋」がテーマのアンソロジーなんですよ。
で、ラノベ作家としてお名前を聞いたことのある方々が、本気で「失恋」を書いているわけで。ゴリゴリとメンタルが削られていきます。
全編、それぞれに面白いです。良質なアンソロジーで、テーマに誠実なのは間違いないです。ですが読んでいる最中「誰がここまでやれと言った」みたいな気持ちも沸きましたし、リアルに胃が痛かった。濃度が濃い。用法用量を守ってお読みください。
読むだけでここまで体力使う作品も中々ない。編集の御二方は本当にお疲れ様でした。
一番好きなのは子子子子子子子先生の『シラノが想いを告げる時』、次点でしめさば先生の『独り占め。』。失恋パワーがあったのは北山結莉先生の『ずっと一緒な君と僕』と涼暮皐先生の『虚無・A』ですかね……
以下、作品ごとの感想を書きます。ネタバレあるのでご注意を。タイトルは掲載順・敬称略です。
雨宮和希『灰色青春は傷つかない』
「世界の色は変わったのか?」
高校時代バスケに打ち込んでいた主人公、蒼。
けれど大会で敗れ、夢は終わった。大学でもバスケサークルに入ったものの、実態は飲みサー。それを承知していたものの、蒼の青春は色を失い灰色になった。
愚痴を聞いてくれる悪友、俊平が彼を上手くフォローしてると言いますか。友情も青春を彩る一つの要素だよなぁ、という感じで良いです。
まぁ、落ち込みまくってる蒼には彼の言葉も届かないんですが。大会で負けた相手というのもあるかなぁ。
いつも隣にいた幼馴染は遠く、大学で恋人もできたけれど、色は戻ってこなかった。過去に忘れ物をしたまま来てしまって、それを取りに行く、というか踏ん切りをつけて先に進むお話。
切ないながらも希望があって好きですが、終盤の失恋コンボは許されない……
北山結莉『ずっと一緒な君と僕』
僕もなんだか、無性に泣きたくなった。
ある意味で、一番失恋に向き合った作品ではないでしょうか。
こう不良がたまに良いことしたら格好良く見える、みたいなギャップ演出って定番ですよね。じゃあ、失恋に至るまでに落差を付けたかったらどうするか。
そう、途中までは幸せであればいい。鬼の所業だ……涼暮皐先生がお話を伺ったら「コンセプトはユアストーリー」と言われたとかで。
え、私これからどんな気持ちで『精霊幻想記』見ればいいんですか。破壊力が高い。
失恋文庫ですからね、失恋するのはわかってましたよ。でも、途中の交際風景が可愛くて、微笑ましくて、ページをめくるたびに幸せが描かれていて。断頭台への階段を進んでいる気分でした……
隣に暮らしている、昔から知っている幼馴染。お互いの家を行き来して、一緒に育ってきた二人の結末がただただ悲しい。
ゆうびなぎ『乗り換えは君のいた大宮で』
「私たち、そろそろ終わりにしないかな?」
女の子主人公が、恋人を振るまで。
高校生カップルの朝斗とりん。一年は付き合って、当然のようにお互いに好きあっていた。けれど、高校三年になって受験が目前に迫り、それぞれの進む道がハッキリと分かれて、いずれ来る破局が見えていた。
地の文で「誰かとの青春はすり減っていくものだと自覚した」とありますが。まさしく、そんな感じで。好きな事は嘘じゃない。気持ちはまだ確かにある。でも、すり減ってしまった。だから、彼女は別れ話を切り出した。
正面からぶつかって、それぞれ納得する最後だったのは、救いではないでしょうか。
しめさば『独り占め。』
「アキ」
幼馴染のアキとユキ。そしてユキの姉であるナツ、三人のお話。
短編で三人それぞれの視点を描いてまとめているのが凄い。
三人はそれぞれ恋をしているものの、向いている方向が違って。
自分の想いは自覚していて、さらに女性陣は相手の想い人まで察している。
そんな中でも一緒にゲームをしたり、これまでと同じような交流を続けていて。
想いを告げるべく踏み込んだ人物がいるわけですが……いやぁ、ゾクゾクした。情念が怖い。でも、どうしてか惹かれる。そんな作品でした。
子子子子子子子『『シラノ』が想いを告げる時』
「その結末は、納得ができないんだ。だから――力を貸して欲しい」
恥ずかしながら元ネタの『シラノ・ド・ベルジュラック』はあらすじくらいしか知らんのですよねー。いつか読んでみたい。
病弱で本を読むことが好きで、体育の授業も見学していた白乃。それをからかってくるくる男子を撃退してくれた同級生の少女縫奈と友人になって。
高校に入っても交流は続いていた。白乃は、縫奈へ恋心を募らせて……同性故に言えずにいた。そんなある日、縫奈が好きだという男子、来栖聖人から協力を依頼されて受諾。
一つの恋が実り、同時に一つの恋が終わる。不器用な青春の話。聖人、名の通り良い人ですよね。気付かないふりをすることもできただろうに、自分が納得できないからと行動できる彼が眩しい。
光の失恋。いや……光の失恋って何?
ゆうびなぎ『ホンメイ*ログアウト』
「もう……いいかな……。許してくれよ、神様」
ゆうびなぎ先生2度目。え、2度目? お疲れ様です。
今回は恋人がいる男子高校生が主人公。受験が迫り予備校通いを始め、一緒に居られる時間が減って来た。
そんなときに、予備校に通う同じ学校でも有名な少女が声をかけて来て。
彼が、恋を捨てるまでの話です。
スマホが普及し、LINEなどで気軽に連絡を取れる現代。でも、手早く手軽だけれど、その分重さを感じる人もいて。どんどん噛み合わなくなって、壊れてしまった恋はとても痛い。
屋久ユウキ『掌編 昔の私へ』
そしていつか、私自身が時差なく、私のことを好きになれたらいいな、なんて。
表紙を含め8Pと、一番短い作品ですね。
過去の自分に向けた手紙を書く女性の話。
彼女が経験してきた初恋と失恋と、積み重ねて来た年月の話。
書きだすなり、誰かに相談して言葉にするなりして、吐き出さないとパンクしちゃいますからね。
「思ったよりすっきりした」と記されているので、彼女にとっても息抜きになったのではないでしょうか。
涼暮皐『虚無・A』
酸っぱい葡萄にすら手が届かなかった人間が、水面の月を掬い続けていただけの事件から得られる教訓など、いったいどこにあるという?
――これはそういうお話だ。
鹿島さんという人気者の女子に告白して、振られ、代わりにメールアドレスをゲットした新井。
一日一通だけという制限はあるものの、交流チケットを入手して、彼なりに必死にアピールしてますが。振られてるんだよ、とまれ……
行動力と神経の太さは尊敬する。
最後彼自身が告白されますが「あのとき、こんな気持ちだったのかな」と救いのない感傷を抱いたってことは失恋コースじゃないですか……
これまでの作品は心にザクザク刺さるようなトゲがありましたが、新井がテンション高く別の意味で痛かったので、呆気に取られてる間に終わりに辿り着いていた。
そう言う意味では、確かに虚無ですし、さすが主幹という圧があった。