「ふざけるな、オットー。お前はローゼマインの後ろ盾に甘えられると本気で思うのか? アレは貴族相手に必死で俺達のために道を作ってくれているが、生来の領主一族じゃない。貴族社会でのあいつの立場は危ういもんだ」
久しぶりに刊行された短編集ですねー。WEBのSS置き場から未収録だったものとか、特典SSの再録などがされています。
エーファがフランやギルと初めて会う「エーファ視点 側仕えとの初対面」みたいな二部の未収録SSも収録されてますが、間に特典SSを挟みつつ時系列に並べてくれているので分かりやすいです。
各短編の前にいつごろのエピソードでどういう内容なのかと、香月先生のちょこっとMemoでその短編が書かれた背景とかに触れられてるので、意外とあのページ好きです。
SS置き場からは先述のエーファ視点の他に「リコ視点 変化の始まり」、「ブリュンヒルデ視点 ローゼマインさまと染め物のお披露目」、「ルッツ視点 元気に成長中」、「フロレンツィア視点 フェルネスティーネ物語ができるまで」。
「ユストクス視点 古ぼけた木札と新しい手紙」、「ルッツ視点 トゥーリの心配」、「ローゼマイン視点 ラザファムとの会話」、「エーファ視点 子供達の成長」、「レティーツィア視点 初めての祈念式」の10本を収録。
これらはSS置き場の方で読んでいたのでサクサク読了。ラザファムやレティーツィアのSSには挿絵がついてて、短編集ならではの味わいも増してましたが。
個人的には短編集の目玉は特典SSですね。シリーズを電子で揃えてる関係で、さっぱりGET出来てないのでこういう形で再録してもらえるのは本当にありがたいです。
四部Ⅴの特典「ブリュンヒルデ視点 ギーベ・グレッシェルの娘として」。
ローゼマインからグレッシェルの印刷業の失敗を示唆された後のエピソード。指摘されたものの、ローゼマインの言葉を上手く呑み込めずにいた彼女に、ハルトムートやエルヴィーラからの助言があるというのが良いですねぇ。
ローゼマインから見えない側近たちの交流とか、彼らからのローゼマインの評価とか新鮮です。そして、このタイミングで第二夫人の懐妊とかも聞かされてたんですねぇ。ローゼマインの言葉を上手く呑み込めなかったの、その辺りの事情で彼女も混乱していた部分があると言えるかもしれない。
まぁ、そもそもグレッシェルとハルデンツェルで土地持ち貴族の在り方が違うって根本の問題もあったわけですけど。ここで混乱していた彼女が、後にアウブに直訴できるだけの覚悟を持つのかと思うと感慨深い。
四部Ⅵの特典「ライムント視点 領地と師弟の関係」
アーレンスバッハとエーレンフェストの間にある問題。それについて、中級でも魔力の少ないライムントはさっぱり把握してなくて。護衛騎士を侍らせた領主候補生が、下っ端貴族をいじめないでほしい、とか考えてたのが描かれてお前……! ってちょっと思いました。
まぁ、下っ端なのは間違いないしな……。この立場で見えるものが違うっていうのは、エーレンフェスト内部でもあったからなぁ。ローデリヒが直接問わねば事情を分からないままだった学生たちも多いでしょうし。
領地関係の悪化で、折角開けた道が閉ざされてしまうかもしれないという不安は、立場が危うい彼だから見えた視点で、こんな感じで師弟関係は別だと振る舞うヒルシュールの特殊さにかつてのフェルディナンドも救われたんだろうなぁと思えたのは良かった。
ライムントは研究が出来ればいいタイプの人間で、フェルディナンドの弟子として認められて、情報源になった未来は彼にとって幸せなものになったんだろうと思うと、一件落着感がある。
四部Ⅶの特典「オットー視点 旅商人の依頼と冬の準備」、四部Ⅷの特典「トゥーリ視点 ざわめきの中の自覚」、五部Ⅳの特典「トゥーリ視点 婚約の事情」は各時期の下町でのエピソード。
五部は問題がかなり大きくなって領地やユルゲンシュミット全体へ広まっていくので、下町のエピソードは貴重で良かった。
旅商人としての苦労を知ってるし、かつて世話になった人だからとちょっと手を回したオットーに「お前はもう大店の主なんだ」と釘を刺すベンノのシーンが好きです。
ローゼマインの立場の危うさを知っているので、他領出身のカーリンをいざとなったら排除する覚悟を持っているというのは本編でも描かれていましたし、実際に送り返したわけですから有言実行したんだな、と思っていたわけですが。
ベンノ以外から見ると、カーリンといい感じに見えると評していたのも間違いではなかったんだなぁというのは衝撃的でした。私情を振り払って決断できる辺りは、流石と言うべきか。
カーリンとベンノが話していた「目標を超える」という部分が何を指しているのか分からなかったので、いつか明らかになると良いなぁ。
トゥーリの失恋と、下町出身だけど大店で働いているという特殊さから相手が限られるため、ルッツと婚約する事になった辺りの詳細が分かったのは嬉しかったです。
立場が弱いため変な誘いがくることもあるから、結婚は先でも婚約だけは先に済ませておきたいって、トゥーリの仕事人間……!
四部Ⅸの特典「ギュンター視点 兵士と騎士の情報収集」。
灰色神官が攫われ、情報収集のために門に派遣されたダームエルとアンゲリカの対応をするギュンターの話。ローゼマインではなく、マインのことを知っているダームエルがギュンターの反応を察して「ローゼマインさまご自身には何事もない」と言うシーンが短いけど印象的で好き。
娘のためにギュンターが頑張ってましたが、彼だけで情報収集を完璧にできるわけもなくて。四部4巻の書き下ろしSS「大改造を防ぐには」であったように、神殿長の依頼だからと奮起してくれた兵士たちが居たんだろうなぁと、色々と想像が膨らみました。
五部Ⅰの特典「バルトルト視点 胸に秘めた怒り」
後にヴィルフリートに名捧げする事になる困った君なわけですが……。いやまさか、両親たちの動向を唯一知っている学生であり、マティアスたちの告発に怒りを覚えていたとは。
敵対派閥の視点は新鮮ですが、連座回避を願うローゼマインを「理想論だけを振りかざすのだから愚か」とか言ってるのを見ると、連座してしまってよかったのではないか、と言う気分になるな……。
今のエーレンフェストには貴族が足りないからそれを補うためだって理論武装してたし、実際それで救われてローゼマインに名捧げしたメンバーとの関係は良好なので、バルトルトがゲオルギーネに毒され切ってたというだけの話な気もしますが。
派閥全体がこんな思想なら、そりゃ反乱も起こすわな……。そしてヴィルフリートの筆頭側仕えのオズヴァルドとバルトルトの会話があまりにも状況が見えてないというか。オズヴァルド曰く「素直な気性なので影響されやすい」ヴィルフリートが歪むのは避け得なかったでしょう。
……保護者フィルターが重厚だったのもありますが、ローゼマインと側近の関係が良好にまとまっている様子とかを見てると、ヴィルフリートの至らなさも光って頭痛くはなりますけどね……。
五部Ⅱの特典「ロヤリテート視点 小さな疑惑」
中央騎士団の副団長視点で、ローゼマインの事を危険視し始めた部下に「我等も手に入れれば良い」と言って、先に繋がる発言をしてくれたのは嬉しかった。
この時期はラオブルートの関与もなく、立派に副団長やっていたみたいですが……多くの騒動の中で不審に思う事があり、それが形になりそうな所でラオブルートに搦めとられたっぽくて、後手に回ってるなぁ……と思うしかなかった。
五部Ⅲの特典「アナスタージウス視点 それぞれの思惑」
香月先生のちょこっとMemoで、王族視点だとどこまで情報を出すのが適当か考えなければならないので毎回大変です、と書かれていましたが。王族それぞれの力関係とか考えがあるので、ユルゲンシュミットの危機に一丸となって対処していこうって形になれなかったのは痛いなぁ。
ディートリンデが魔法陣を浮かび上がらせたことで中央神殿からの情報提供があって……この時点で、グルトリスハイトを持つ正当な王を望んでいたトラオクヴァールに側近も困惑していたとか。
フェルディナンドの知識や傍系王族の疑いがあることは知っていたが、勝ち組領地のアーレンスバッハでそれを披露するなら問題ないと考えてた辺り、浅いというか。何も見えてないんだな……って感じですなー。王様がこれかぁ……。