「エーレはきっと、ずっとエーレなんですね」
「お前は変われ。だが変わるな」
「えぇ……」
忘却の中でなんとかマリヴェルと神殿が合流し、これから協力していけるか……と思ったタイミングで、襲撃によってエーレが死亡。
彼が抱えていた聖印の効果によって、神官長たちが記憶を取り戻したのは良かったですが、それゆえに聖女を守るために彼らは命を掛けることに。
やっとお父さんと呼べた神官長を置いて逃げざるを得なかったマリヴェルでしたが、彼女は諦めるつもりはなく。王子と共に身を捧げることで、神の奇跡によって全てを治めようとした。
……しかし、王子もまたそれをただ受け入れるだけの器ではなくて。
ハデルイ神の前で、マリヴェルを必要とする主張をしてくれて。ハデルイ神、マリヴェルを人形と呼び、愛する人の子を守るために彼女を砕こうとしたわけですが……。
かの神は確かに人を愛していた。強大な力を持つハデルイ神は、十一柱の神を喰らったエイネ・ロイアーであろうと滅ぼすことは可能だった。
しかし、それだけの力を得たエイネとぶつかれば、余波でアデウスの民は死んでしまう。人でありながらエイネは同胞を人質にして、それを神が見捨てられなかったという背景が書かれていたのは、エイネの周到さや神なりの愛とか感じる描写で良かったですねぇ。
そして一度死を迎え、残滓となってなおハデルイ神はいろいろと手を尽くしてくれていたのが良いですね……。
エーレも、死ぬつもりは無かったけど最悪に備えて呪いに近い聖印を刻んでいたわけですが……死が確定する前に、マリヴェルが贄となって開いたハデルイ神と対話する世界にかくまわれたことで、神による治療が間に合ったと。
愛する人の喪失を知ったことで、神殿勢がこれまでマリヴェルが自分を大切にしない、喪われる前提での物言いに傷ついていたんだぞ、と改めて釘を刺しつつ「自分の喪失でそれだけ絶望してくれたのは結構嬉しい」とか言っちゃうあたり、エーレも愛が重い。
エーレやルウィがその身を捧げ、共に人の理から少し外れることで、神の器となる運命から解き放たれたマリヴェル。まぁ始まりが「器」なので、そういう助力があっても全く「人」と同じという訳にもいかないようですが。
人の意志が起こした奇跡は、実に尊いものであったと思います。4巻で神官長たちが記憶を取り戻してくれたことと言い、これが見たかったんだよ……というのが見れる終盤の展開、実に良いですよね。
想えばこの物語は終始、人の想いによって紡がれてきてましたよね。神が存在する世界で、神術とかも色々存在はしていますけども。
エイネ・ロイアーこと初代聖女アリアドナ。
マリヴェルは彼女の過去を垣間見て、その想いの一端を知ってましたが……あくまで彼女の始まりもまた、人としての愛ゆえの暴走だったというのが何とも。
復讐という強い炎に突き動かされて、多くの犠牲を出したアリアドナを自分だったら許せはしないな……と思ってしまいますが。マリヴェルが最後、彼女と対話する時間を設けようとしていたのは、関心しちゃった。マリヴェル、なんだかんだ結構ちゃんと聖女やってるんですよね……。
エーレの呪いが伝播して記憶を取り戻した神兵たちが、マリヴェルを忘れたことに強い罪の意識を持ってるのも、彼らとしては苛まれ続ける悪夢みたいな感情でしょうけど、それだけマリヴェルを聖女として抱く神殿の一員としての意識がしっかりしてる、ということでしょうし。
アリアドナの策略によって北の隣国が攻めて来たのと、大樹が君臨しアデウス王都が壊滅状態に陥ったのは派手でしたけど。これだけの大騒動の終わりは、予想以上に穏やかなもので……神の愛によって守られたものも多く、悲劇的な別れで終わらず神官長との再会が叶ったのは本当に感動的でした。
……アリアドナによって歪められ続けた神殿ではありますが、マリヴェル就任の際に新体制を整えたのが多少は効いてましたかね。後始末に際してアリアドナ関連の情報は全て開示したみたいですし、このままという訳にはいかずある程度形を変える必要はあるだろうとされてましたが。……難工事であるのも確かで、先送りにされているのも無理はない。
全てが終わった後、これまで他国の聖女との交流を立っていたアデウスの聖女という厳しい立場になって、マリヴェル大変そうではありましたけど。それでも為すべきことを為してるのは偉い。
とある神殿関係者が「マリヴェルが脱走できてた頃は平和でしたね」とこぼして、あの頃みたいになれるように頑張りますと返したところ「脱走はするな」と真顔で返される一連の流れ、正直トップクラスに好き。