「ティナーシャ、人であることを忘れるな。一人で全てをやろうとするな。酷なことだろうが……お前は人をやめてしまうには力が大きすぎる」
書き下ろしエピソードである「円卓の魔女」とWEBで掲載していたエピソードに加筆した「鳥籠の女」の2編を収録したate第5巻。
水の魔女カサンドラに、屍人姫ヒルディア・ハーヴェにイラスト着いたのは個人的に凄い嬉しいポイントでしたね。
今回は表紙絵がティナーシャ1人で描かれている通り、逸脱者2人の協力はほとんど見られません。
「円卓の魔女」においてはオスカーまだ死んでるタイミングで、たまたまティナーシャがルクレツィアに会いに行ったときに、魔法大陸で起きている不穏な事件の話を聞いて解決しようとする話だったわけですし。
オスカーがエルテリアの繰り返し以外に、アカーシアを生んだ世界外の力を取り込んでいることで、呪具に対して特効を持っているのに対して、ティナーシャはその膨大な力でごり押ししている部分もあって。途中話題にあがってましたが、今回の呪具もオスカーが活動可能な状態だったら、もう少し楽だったんだとは思います。
ただ、呪具へのカウンターとして生み出された逸脱者2人は、呪具が減るにつれて生まれ変わりのサイクルに間があくようになっていて……だから、今回みたいな状況も珍しくなくなってしまうんですよね。悲しい。
事故で海中に沈み、近ごろ魔法大陸に運び込まれたことで、これまでティナーシャ達の探索から結果的に逃れていた、銀色の円卓。
13人の参加者を集め、そのメンバーに『ある都市の滅亡を回避する方法』を考えさせる呪具。ルール説明と、シミュレーションを走らせた後の結果を伝えるために、ゲームマスター的な人格が付与されていたのが、今まで例のない特殊な存在ではありましたね。
一般の参加者がどれだけ模索しても、シミュレーションの答えは「滅亡」から変化せず……。最後には呪具の意思によって排除されてしまう。
そしてティナーシャは一度介入した時に、呪具の意思が排除を成したときに笑うのを感じた。
彼女の片翼であるオスカーは「人の尊厳を傷つけられた」と感じたから、この長い呪具の戦いに臨んだのだ、と。だから、まさに尊厳を傷つけまくっている呪具を放置は出来ないと戦いを決めるの、良いですよねぇ。
……その解決方法が、自分の魔力に耐えられる12人を揃えて力技でごりおすだったのが実にティナーシャらしいですけど。
ルクレツィアは死ねないから助力できないといいつつ、ティナーシャが失敗した時に備えてオスカーに伝えるための情報を残していくように言ったり、彼女なりに動いて援軍に声をかけてくれていたのは良かった。
ファルサスに継承されたトゥルダールの精霊たちもそのほとんどが元の位階に戻っていて。さらには、その中の何人かは死んでいたというのがサラッと描かれていたりするの、無常だけど誠実だとも感じます。
12人の精霊のうち、1人はまだファルサスに残っている。3人は死んだ。そして残った8人を召喚して。逸脱の繰り返しの中で縁の出来た最上位魔族第二位ツィリーも招くことに。
ツィリー……元第2位がオスカーに執着したことでティナーシャに殺され、複数の位階が揺らいだことでバランスをとるために生まれた魔族なんですよね。
過去、同人誌『時の夢』収録の「猫の爪」や『時の夢2』の「寧日」なんかでその断片的なエピソードが描かれていて、その当時はオスカーに執着して殺された前後なので、まだまだワガママな子供って感じだったんですよね。
それが1人でも立てる立派な女王様みたいな風格を持って登場したので、驚きました。ティナーシャと相性悪いのは相変わらずみたいでしたけど、自分の助力について「見返りがあるからやったなんて恥ずかしいでしょ」と伝えないで良いと言った事とか、本当に成長していて……良かったですね。
精霊8人、ツィリーとティナーシャで10人。そしてティナーシャが出した求人になんかうっかり伝承で語られるような厄介ごとでもある「屍人姫ヒルディア」が応募してきて。彼女と彼女の従者を配置することで2枠を埋めて。
……そして、ルクレツィアが参加できない代わりってわけじゃないですけど、生き残ってる他の魔女2人が協力してくれることになったのは良かったですね。
ラヴィニアが参加者として。そして外れない占いをするカサンドラが盤外の応援として。
人外大決戦みたいになってて、凄いワクワクしました。
今回、呪具側に意思があることで、その悪意みたいなものもあからさまに受けることになったわけですが。
「ある都市の滅亡を回避したい」が思考会議のゴールなら「先んじて他の都市を滅ぼしてしまうのもアリでは?」とか、過激な提案してるのちょっと笑った。
イツとかに指摘されていましたが、状況を都度修正出来ないあたりが悪辣ですよね。
参加者が意見を出せるのは「こういう方針で進めよう」という最初の一手だけで、その後は呪具の演算まかせ。シミュレート結果は「複数パターン試しけど無理でした」ばかりで詳細は秘匿されている。
呪具は全てのパターンは網羅していると豪語しますが、性能限界で滅亡の50年前からしか演算が出来なかったり、「滅びる前に滅ぼせ」という過激なスタート地点には驚いていたりするので、全然完全じゃないんですよね。……完全だったらそもそも彼らの故郷滅んじゃないでしょうけども。
核に迫ってもなお足掻く呪具に、ヒルディアが提案をすることで「破壊への抵抗」ではなく「呪具本来の機能」で動こうとして隙を作るの、凄い好みの解決方法でしたね……。
強力な参加者をあつめてなお呪具は厄介で……ラヴィニアの命が代償になってしまったのは、惜しい。
死に瀕した中でも、ティナーシャに「お前は人だ」と祈りを託すように、母が子を教え諭すように言葉を紡いでくれたの、良かったですね……。別れは寂しいですけど。
魔法大陸の暦で考えた時に「円卓の魔女」は3005年と、UMが1654~55年だったことを想うと、とても長い旅を続けて来たなぁ……という思いになります。
「鳥籠の女」なんて一気に時間が飛んで4690年代ですからね……。逸脱した2人は、元々最強の魔女とそれに対抗しうる魔女殺しの剣の遣い手であったわけですが。これまでの繰り返しから示すように、無敵じゃないし普通に死ぬんですよね。
永遠なんてない。全ての物には必ず終わりがある。……それは、彼らの旅の始まりであったファルサスが滅亡してることからも、伺える話です。WEB既読民として知ってましたけど、年表に明示されるときまで追いついてしまったか……と感慨深くなった。
さて、後半「鳥籠の女」。魔法大陸、戦乱大陸(東の大陸)、虚無大陸、埋没の大陸……とこれまで4つの大陸を渡り歩いてきたわけですが。
最後となる、埋没の大陸と同じく水の檻で閉ざされた閉鎖大陸が舞台となるエピソードです。
大陸内には毒が満ち、鍵という装置がないと死んでしまうとされる世界で、帝国の軍人として勤めるアルファスと、皇帝の前に現れて鳥籠と呼ばれる檻に敢えて滞在しているティナーシャの話。
ティナーシャと接触しまくってて、オスカーの肉体年齢も全盛期に近そうなのに、いつまで経っても記憶を取り戻す素振りがなく。
そんな中で、ティナーシャは別の人物と組んでクーデターに寄与したりと好き勝手やっている、なんか変わった味わいのあるエピソードなんですが。
この大陸の楔に迫る戦いにティナーシャが与していたのは、結局のところ彼女の連れ合いの為だった、と。
1600年近くたっているとはいえ、この前のエピソードの「円卓の魔女」で「一人でやるな」とラヴィニアに言われていたのに、一人でやろうとしまくってるティナーシャは本当にさぁ……。
「章外:青の部屋」が、好きなんですよね。オスカーが記憶を取り戻し、勝手をしていたティナーシャに、「2度とするな」と釘をさす話ではありますけど。彼が語る「一番うれしかった時」が、公人としての割合が強すぎるオスカーが我欲を珍しく示すシーンで、かなり好きだったので、しっかり収録されてて嬉しかったです。
まぁティナーシャもラヴィニアの指摘をスルーして一人でやったわけですが。オスカーはオスカーで、ate2の頃、ティナーシャを失った後にミラに言われた「ティナーシャ様がいないと何もなくなっちゃうところ、もっとあの方に見せた方が良いよ」ってのを明示してこなかったわけですから、似た者同士でもあるんですが……。
Ate6で、のこった2つの呪具にまつわるエピソードが描かれることで、物語に一つの決着がつこうとしているの、なんというかひどく感慨深いですね……。
楽しみです。Ate6の後に、『End of Memory』も描かれてくれると凄い嬉しいですけど、どうなりますかねぇ。