「いいえ、あなたには何かを動かす力がある。父は確かに、力業で道を切り開いて来ました。でも道を行くのに必要なのは力だけではありません。砂漠を超えるのには水を得る術が居る、雪山を超えるには火を起こす術が要る。今まで彼女が行けなかった道も、あなたとなら超えられる。あなたになら、それができる」
ファンタジア文庫第36回銀賞受賞作品。
国や領地をも「家」と見なして管理経営する『家政学』専攻の学生ウィル。
エースターの学園に通う彼は卒業論文で隣国オノグルを略奪・戦争国家として批判して。
数年前にエースターはオノグルに王都を包囲されて……多額の賠償金を引き渡すことになって。国土を奪われたわけではないにせよ、多くの命が失われて両国の間には遺恨が残り続けている状況で……。
ウィルの論文がオノグルの女王の目に入ったという事が発覚したからか、「卒業金」という制度が敷かれて平民のウィルが卒業できないようにされて。
教授に訴えかけていたところに、女王イロナが登場。ウィルの卒業金を負担する代わりに、「婿になれ」と突然言い放って。
オノグルは戦争には強いけれど経済的には弱い国で。ウィルの論文はその弱点を的確に指摘していた。弱点を知る者ならば、改善点も見つけられるのではないかという期待で迎えられることになったわけです。
イロナは侵略国家であり続ける事を良く思ってなくて、変えようとしてるのは好感が持てますね。
ただまぁ、戦争でオノグル側にも犠牲が多く出ている中で、敵国から来た優男。オノグルは騎馬民族国家だけど、エースター出身のウィルは馬にも乗れないし、オノグルの一般常識的に加点も少ないってのが厄介なんですよねぇ。
ウィルがやってきた直後、城の使用人がボイコットを始めたりしましたし。
主の意向に使用人が背いた、という事実を盾に解雇しようとして。
危機感を使用人に抱かせたり、自分の境遇や女王の思惑の一端を語ることで、反感を持ってる相手でも自分たちの婚約式に協力させることに成功したのはお見事。
オノグル側も犠牲が出てきてエースター出身のウィルを責め立ててましたけど……それで言えばウィルだって、戦う力の無かった父がオノグルの襲撃で亡くなり、名ばかり共同墓地である穴に死体は放り込まれて、墓参りも叶わないって背景を抱えているわけですし。
憎んでしまうのは仕方ないけれど、どこかで連鎖は断たないといけない。そのために奔走できるウィルは、良いやつですねぇ……。
自国の中から経済的な武器になりうるものを探す傍ら、受け入れられるように馬に乗る練習をしたり、一歩一歩進んでいた中で……他国から経済的な攻撃を受けて。かなり危うい状況に追い込まれつつも足掻いて、希望を掴んだのはお見事。