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「世界は優れた個人が変えていくべき物ではなく、人々の総意によって自ずから変わっていくべき物。『未来のために、弱者を切り捨てても変革を行うべし』という意思は、名も無き数多の民衆の間から自然に湧き上がるものでなければならん。そうでなければ、世界は変革に耐えられん。仮に私が認め、シンガポール自治政府に属する全ての議員がそれを認めたとしても、民衆の同意が得られぬのであればその変革はいずれ決定的な破局を招くことになる」


待った、三年まったよ……!
後書きで作者も書いていましたが、さすがにもう出ないかと諦めかけていました。
上中下の下巻を三年も待たせるとか鬼の所業ですよね。
しかし、出ないかもと思いながらも手を伸ばしてしまうくらいには、この作品が、描かれている世界が好きですよ。
だからこそ、もうどれだけ時間かかってもいいので、どうか、残り2エピソードで完結だというのなら、最後まで描ききって欲しいですね。

さておき、本編。
同盟を結ぶべくシティに赴いた賢人会議。
しかし、それを拒む一派の行動によって、参謀真昼が囚われの身に。
市民たちは、賢人会議が神戸を滅ぼしたという情報に踊らされ、暴徒と化す。
裏に工作がなかったとは言わないけど、火種がなければそれを煽って大火事にすることもできないわけで。
魔法師と、人間という二つの立場とそれぞれの抱えている問題、軋轢。
今まで誤魔化しながら進んできていたそれらが今回ぶちまけられてしまった。

今までバラバラに動いていた主役級の人物が、それぞれの立場や思惑は違えど一つのシティに集まっているのだから、こんな状態からでもなんとか救いを手にしてくれるんじゃないかと思っていましたが、一人一人が傑物であったとしても、止められないものはあるんだよなぁ。
どれだけ強い力があっても山を動かすことはできない、とかそういう類。

暴徒と化した市民の前に、賢人会議の面々は悩む。
力を以て突破するのは容易い。しかし、それをすると、賢人会議とシティ、魔法師と人間の関係は修復不能な傷を負ってしまう。
同盟を結ぶために訪れたからには、出来る限り被害を出したくない。
そういう悩みを付かれて、どうしようもない方向へと、押し流されてしまう。

『世界再生機構』として祐一も動き出すけど、少しでも被害を減らすための対処療法しかできない。
要するに焼け石に水。
誰も彼もが、必死になって、最悪の状況を逃れようとしているのに、どんどん状況は悪化していく。

同盟反対派の議員も、信念があって、嫌いにはなれない感じはします。
神戸の残党もそれぞれに必死だったという事に間違いはないでしょう。
ただ、もう少しだけ、信じてほしかった。

リン・リー議員にも信念があり、マザーコアとなった執政官のように、「政治は神の代理行為ではない」と信じていた。
だけどそこまで確固たるものがあるんだったら、市民にもっと情報を渡すべきだったんじゃないのか。
隠された情報を求めることすら、市民が動かないことには始まらない、というんだろうか。
判断材料がない中で、犠牲を強いる道を選ぶとしても、自ずから選ばれなければいけない、っていうのは、ちょっと詭弁なんじゃないかな。
結局、魔法師っていう存在の脅威を理解できていない市民が多かったから、暴動は起きたし、賢人会議側が冷静だったせいで、その人たちはそのままに生き残った。
いや、魔法師じゃない人間を滅ぼせって言いたいんじゃないですけど、「魔法師は人間と違う者」というだけの認識で行動を起こしたからこそ、あの暴動は止められなかったんじゃないか。
驚異すらも教えて、その上で、道を選ばせるべきだったんじゃないのか。
『光耀』に盲目になったシティの中ではそれも難しかったんだろうか。
まー、いくら嘆いたところで、起きた結果は変えようがない。
流れができてしまった以上、それに乗るかどうかの決断は下さないといけない。

もう、しょっぱなにあんなシーン入ったもんだから、嫌な予感はしていましたけど。
滅びが迫った世界で、救いを求めて、最善を尽くそうとしている。
それは間違いないはずなのに、道は分かたれてしまった。
選ばれたはずの可能性が閉ざされ、決断は下される。

あぁ、優しくない世界で、優しくない物語だ。
けれど、読まずにはいられない引力がある。
脱落者がでて、争いへと向かうことに。
それだけは避けたかった人が大勢いたはずなのに。
資源が限られた世界で、争いを起こすという事は、滅びへ加速する道ですらあるだろうに。
どうか、ここから、少しでも救いがあって欲しいと願う。

……さぁ、次は何年後かな!